2019年4月1日

平和のオジサンの庭に平和の桜、陽光桜が咲きました

阿南市那賀川町の田園地帯、そのど真ん中に彼の家はあります。
彼は数年前に定年で職場してから、のんびりと農業に専念しているかのように見えますが、実はそうではないんです。でもその話は後回しにして・・・。
阿南発・今回の南部ニュースは、そんな彼の庭の一角にある「陽光」という桜、「陽光桜」とも言われて親しまれている桜の花が咲きました、という報告です。
「桜が咲いたよ~」と彼から連絡があったので私たちは早速駆けつけました。

私たちがこの桜に特別の愛着を感じるのは、この花が別名「平和の桜」と言われているからです。この桜の誕生には平和への願いが込められた物語があるんです。
この品種を作り出したのは愛媛県の「高岡正明」と言う人で、第2次世界大戦のとき学校の教員でした。教え子達が次々と戦場に行くのを見送りながら、全員の無事帰還を願っていましたが、多くの教え子たちが帰還できませんでした。彼は教え子の鎮魂と世界平和を願って桜の品種改良を決意。亜熱帯のジャワから極寒のシベリアまで、どんな気候の土地でも花を咲かせることができる新しい桜作りを始めました。
そして実に30年近い歳月をかけた試行錯誤の末に「陽光」を作り出しだのです。この名前は「天地に恵みを与える日の光」という意味です。
樹形は傘状で、ソメイヨシノより早く咲き、花は鮮やかなピンク色が特徴の大輪で、寒さにも暑さにも強く、てんぐ巣病や病害虫に強く胴枯れもしない樹勢強健な種とされています。
1981年。高岡さんが願った「世界中どこにでも咲く桜」の誕生です。

それからの彼は長年の苦労の末に生み出した陽光の苗木を、送料さえも自らが負担して堰を切ったように国内外に贈り続けました。陽光が「平和のシンボル」として植樹され、咲き誇る国々はトルコ・イタリア・リトアニア・チュニジア・メキシコ・スリランカ・カンボジア・ベトナム・タイ・中国・台湾・韓国・等々で、まさに陽光自身が「平和の使者」となって世界中でその使命を果たしているのです。
教え子たちへの誓いが叶った達成感で満面の笑みを浮かべる高岡さんの顔が目に浮かびます。
正明さんは亡くなられましたが、現在はご子息が意志を継がれて、世界の恒久平和を願いながら今も国内外に向けてその苗木を贈り続けておられるそうです。

余談ですが、陽光の花は日本人が好むとされる白色や淡いピンク、そして小輪、中輪ではなく、「蕾の色は明るく赤紫、5枚の花びらは鮮やかなピンク色(緋色)の一重抱え咲きの大輪」ということで、グローバルな見方や活動が求められる今日、全体としてどの国の人にも愛されそうな普遍的な色形の完成品となっています。
でも、花をよくよく見つめると、下向きで一重の抱え咲き、凛とした5弁の花全体の形は円形、切れ込みは小さく、表面のしわも小さく、その花芯は極めてあでやかな中にも純度の高い清潔感を程よい感じで漂わせているのです。しっかりと日本人の好みにもあっているのではないでしょうか。

さて、つべこべ理屈を言うのはこれくらいにして、何よりも永遠の平和を象徴するような底抜けの明るい緋色が最高です。これこそがこの花の真骨頂です。素直に驚嘆致しましょう。世界共通の鮮烈な明るさを持ったこの陽光を、ぜひ阿南の地に広げていってもらいたい、広げていきたいものです。
ねえ、廣田幸雄さん。
那賀川町の彼の名前は徳島県退職者連合南部地域協議会会長「廣田幸雄」さん。普段は広大なハウスの中で野菜を作っていますが、一方で超多忙な合間をぬって徳退連の会長として高齢者の福祉充実のために活躍されています。


     中央の笑顔が廣田さん
 

廣田さんは約20年前、テレビで陽光を紹介するニュースを見て、「この桜が咲いたらみんなでここに集まって戦争で亡くしてしまった友人たちの供養をしましょう」と言うメッセージを聞いて、いてもたってもいられなくなって、すぐに自慢の愛車・軽トラックを飛ばして愛媛の高岡さんのところに駆けつけたのでした。彼の事ですから、高岡さんを相手に少なくとも30分はお話をしたに相違ありません。そして1本といわず、何本もの陽光桜を持ち帰りました。廣田さんスゴイでしょ。とてもじゃないけど誰もまねできないでしょ!

廣田さんは今年の2月18日から19日にかけて単身、沖縄の辺野古に行きました。全くの自費で、です。「米軍基地移転先辺野古海岸埋め立て反対署名」の取組中に、「辺野古はどんなところなんだろう、今どういう状態なんだろう」という疑問がわきおこり、「とにかく行ってみよう!」と、思い立ったのでした。瞬時に決意して瞬時に行動に移すのは彼の長所でもあり、○○でもあります(笑)。
彼は後日辺野古から帰ってきてまとめたリポートのなかでまず目に入ったのが「県民投票に行こう」「埋め立て反対に○を」の赤いのぼり旗だった。(中略)ダンプカーが往来する搬入出ゲートでは機動隊・工事関係者の前で「埋め立て反対」の抗議する声が・・・。現地の人の案内で見た辺野古の海は、想像していたとおり美しい海が変わりつつあり、思わず「埋め立てやめろ」と叫んでしまった。(中略)何故辺野古なのか。子供たちの未来にとって基地はいらない。辺野古が沖縄だけでなく、全国に仲間がいるとの認識が大切である。住民投票で多くの人が「埋め立て反対に○」を標示されることを願いたい。と記しています。

身体の芯の奥まで、骨の髄まで、平和への願いが沁みこんだ廣田幸雄さんの庭に今年も「陽光桜」が咲きました。私たちはそれっ、と瞬時に飛んでいきました。
平和を願う廣田さん・平和のオジサンの庭に咲いた陽光桜よ、どんどん大きくなってください。
いつの日か核兵器などすべての武器が消滅し、世界中から紛争や戦争がなくなったとき、この陽光の木の下に集まって、「永遠の平和が実現したよ」と、喜び合いたいものです。それは私たちや子どもや孫の世代の内に実現するのでしょうか。
肩寄せ合って笑いあうのが大好きな廣田のオジサン、できれば私たちの時代の内に、BBQでお祝いをしたいもんですね。この「平和の桜」の満開の下で。(投稿:阿南市・山本)

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